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柳田国男の名言

柳田 國男(やなぎた くにお、1875年(明治8年)7月31日 - 1962年(昭和37年)8月8日)は、日本の民俗学者・官僚。大日本帝国憲法下で農務官僚、貴族院書記官長、終戦後から廃止になるまで最後の枢密顧問官などを務めた。1949年日本学士院会員、1951年文化勲章受章。1962年勲一等旭日大綬章(没時陞叙)。出版物等においては、常用漢字体による「柳田 国男」という表記も使用される。 「日本人とは何か」という問いの答えを求め、日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行した。初期は山の生活に着目し、『遠野物語』で「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べた。日本民俗学の開拓者であり、多数の著作は今日まで重版され続けている。
幸福というものは、後になってからしか分からないものなのです。

今は不幸だと思っている状況でも、時が経てばそれが幸福だと思える。
私はいつも現在にとらわれている
人生は言葉を模倣する
想定外は免罪符ではない
人の人格があるように、村には村格がある。
本を読むということは、大抵の場合には冒険である。だからまた冒険の魅力がある。
我々が空想で描いて見る世界よりも、 隠れた現実の方が遥かに物深い
自分の子どもが死ぬという体験をしたことによって、なんかものごとがよく見えるようになったという感じがするんですね。人間がよく見えるようになった。
人間は基本的に不幸の中で生きている。誰もが皆、不幸を感じながら生きているのです。
学問は結局、世のため、人のためでなくてはならない。
今を一生懸命に生きていれば、必ず不幸は幸福へと姿を変える。
言葉は土の中からた。ことばを知らなければ土と人間の関係はわからない
全ての物を失っても耐えられる心。また出直せばいいと思える強さ。何事にも動じない自分。そうした内面のしなやかさをもつことが、幸せな人生を歩む上での糧になる。
学問をするならば活きた学問、目の前の学問から片付けて行かねばならぬ。
人生には笑ってよいことが誠に多い。しかも今人はまさに笑いに飢えている。
記録に何にも現れない人の生活というものが日本には 80%以上ある
言葉さえあれば人生のすべての用は足りるという過信が行き渡り、人々は一般に口達者となった。
今の時代は心を軽んじて言葉を愛し、思わぬことでも言ってしまおうとする世の中である。
学問は興味から、もしくは好奇心からはいったものがもっとも根強い
自分の故郷を殺さないと、人は一人立ちできない。

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