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長田弘の名言

長田 弘(おさだ ひろし、1939年11月10日 - 2015年5月3日)日本の詩人、児童文学作家、文芸評論家、翻訳家、随筆家。 早大独文科卒。大学在学中から詩を書き始め、第1詩集『われら新鮮な旅人』(1965年)で注目された。その後、『深呼吸の必要』(1984年)、『世界は一冊の本』(1994年)などで読者層を広げた。
一期一会は食卓にあり。人生とは、誰と食卓を共にするかということだ。

記憶という土の中に種子を播いて、季節のなかで手をかけてそだてることができなければ、ことばはなかなか実らない
いつかはきっと、いつかはきっとと思いつづける。それがきみの冒した間違いだった
なくてはならないものなんてない。いつもずっと、そう思ってきた。所有できるものはいつか失われる。なくてはならないものは、けっして所有することのできないものだけなのだと。
考えることが快楽でない人は精神の字にかならず(こころ)とルビを振る。
人の感受性をつくるのは、人のそだった日々の風景だ。
死の知らせを聞くと、どうしてか近しく、懐かしく思われる。そうなのだ。もっとも遠い距離こそが、人と人とをもっとも近づけるのだ。
本当に伝えたいことがあるなら、言ったほうがいい。言いたい言葉をもっているなら。
今日の時間というのは季節を持たない時間、時計が刻む時間です。近代が作ってきた社会というのは、時計が刻む時間を元にしてきました。
言葉を不用意に信じない
悲しみを信じたことがない。どんなときにも感情は嘘をつく。
思いだすことも、旅することだ。
この世でいちばん難しいのは、いちばん簡単なこと。
空の下で、樹のことばを、聴くように見、見るように聴く。
広い空の下に一人でいればわかる。人間はじぶんでかんがえているほど確かな存在などではないのだ。
無名なものを讃えることができるのが歌だ。
私が語るのではない。私をとおしてこの世界が語るのだ。
樹は、話すことができた。話せるのは沈黙のことばだ。そのことばは、太い幹と、春秋でできていて、無数の小枝と、星霜でできていた。
街歩きを楽しむには、目をきれいにし、耳をきれいにし、心もきれいにしなければ、何にもならない。
幼少期の記憶は、「初めて」という無垢の経験が刻まれている、いわば記憶の森だ。
ひとは結局、できることしかできない。あなたはじぶんにできることをした。あなたは祈った。

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