文芸 小説家 歌人

樋口一葉の名言

樋口 一葉(ひぐち いちよう、1872年5月2日(明治5年3月25日)- 1896年(明治29年)11月23日)は、日本の小説家。東京生まれ。戸籍名は「奈津」だが、本人は「夏子」と名乗ることが多かった。 中島歌子に和歌や古典文学を、半井桃水に小説を学んだ。生活に苦しみながら、『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』といった秀作を発表。文壇から絶賛され、わずか1年半でこれらの作品を送り出した後、24歳で肺結核により夭逝した。没後に発表された『一葉日記』も高い評価を受けている。
行水にも淵瀬あり、人の世に窮達なからめやは。

色に迷う人は迷えばいい。情に狂う人は狂えばいい。この世で一歩でも天に近づけば、自然と天が機会を与えてくれるだろう。
我れはまことに窮鳥の飛入るべきふところなくして、宇宙の間にさまよふ身に侍(はべ)る。
利欲にはしれる浮き世の人あさましく、厭わしく、これゆえにかく狂えるかと見れば、金銀はほとんど塵芥の様にぞ覚えし。
丸うならねば思う事は遂げられまじ。
のぼっていく道のりはたとえ違っても、最後にたどりつくところは、自分も人も同じだろう。
恐ろしきは涙の後の女子心なり。
これが一生か、一生がこれか、ああ嫌だ嫌だ
只世にをかしくて、あやしく、のどかに、やはらかに、悲しく、おもしろきものは”恋”とこそ言はめ。
恋とは尊くあさましく無残なものなり。
一番大切なことは親兄弟の為や家の為にすることです。
身をすてつるなれば 世の中の事 何かはおそろしからん
みなさまが野辺をそぞろ歩いておいでの時には、蝶にでもなって、お袖のあたりに戯れまつわりましょう。
昔の賢人たちは心の誠を第一として現実の人の世に生きる務めを励んできたのです。務めとは行いであり、行いは徳です。徳が積もって人に感動を与え、この感動が一生を貫き、さらには百代にわたり、風雨霜雪も打ち砕くことも出来ず、その一語一句が世のため人のためになるものです。それが滾々として流れ広まり、濁を清に変え、人生の価値判断の基準となるのです
母上に安らかな生活を与え、妹に良縁を与えることが出来るなら、私は路傍にも寝ようし乞食にもなろう。
このような時代に生れ合わせた者として、何もしないで一生を終えてようのでしょうか。何をなすべきかを考え、その道をひたすら歩んで行くだけです。
命ある限りはどんな苦しみにも耐え、頑張って学問をしたいと思う。
この世ほろびざる限りわが詩はひとのいのちとなりぬべきなり。
清いものは常に穢れたものの中からいで、光り輝くものは常に暗闇の中かでる
水の流れる川にも淵があり、瀬がある。人生にも苦しいときと良いときがあるだろう。悪いことばかりではないはず。元気を出して頑張ろう。
その時分には、私は何になっていましょう、石にでもなっていましょうか。

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