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デュ・バリー夫人

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デュ・バリー夫人

デュ・バリー夫人はルイ15世の愛人として、ベルサイユ宮殿に君臨。元は娼婦だったにも関わらず、貴族の男と書類だけの結婚をして相手を毒殺。爵位を手に入れ、宮廷に出入りし、ルイ15世の愛人ということになった。本名はマリ=ジャンヌ・ベキュー。ジャンヌとも言われるが、ベルサイユのばら上ではジャンヌが存在するためデュ・バリー夫人と呼ばれる。実在の人物。
愛人となってからは、わがままのし放題。身の程をわきまえず、正式な王太子妃であるマリー・アントワネットと勢力を争うという愚行を犯す。

シンデレラ物語

1743年、パリ郊外に尻軽な町の料理人の子として生まれた。父は、何処の誰だかわからない私生児。
洋装店の売り子だった20歳の時に、デュ・バリー伯爵と出会う。昼間はヒモである伯爵の指図で娼婦として働き、夜は彼とベッドを共にするという生活をする。この時の客である、リシュリュー公という人物によって、ルイ15世と出会うことになる。
当時、ルイ15世の公式寵妃を誰にするかで、宮廷内に陰謀が渦巻いていた。貴族の女性を、寵妃候補にたてていたショワズール公爵と共に、リシュリュー公は、ジャンヌを担ぎだしたのだ。
ルイ15世は、たちまち彼女に夢中になり、こうリシュリュー公に言ってる。「ジャンヌは、私が60の老人であることを忘れさせてくれる。新しいセックス・テクニックを心得たフランス随一の女性だ」と…。
実は、娼家通いの経験のない国王に、ジャンヌが特殊な性的サービスを施したに過ぎないのだが、こうして、ルイはジャンヌ・・・デュ・バリー夫人を公式寵妃として宮廷に迎えることになり、かつての娼婦は、フランス宮廷で並ぶもののない地位を築いた。
そう、マリー・アントワネットが、王太子妃としてフランスに来るまでは・・・。

ルイ15世の死

ルイ15世の死により、今までの生活が大きく変わることになる。1774年の4月27日にルイ15世が天然痘に倒れる。ベルサイユ宮殿から追放。国家の囚人としてポン・トーダムの修道院に入れられてしまった。
そして、1789年フランス革命が沸き起こると、他の王室関係者と共に逮捕され、‘恥ずべき快楽の為に人民の富と血を犠牲にした高等娼婦‘と決め付けられ、死刑を宣告される。
享年50歳。彼女の死は、フランス史上一つの時代の終末を示した。それは彼女以降、フランス史に公式寵妃という正式の地位は存在しなくなるからである。
本来デュ・バリー夫人は、作品中では高慢ちきで気の強い女性として描かれているが、実際は心優しく、素直で思いやりのある女性だったとのこと。

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